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沈潜の世界へ!
最近めっきり本を読まなくなりました。
何か面倒くさい。スマホやパソコンを覗けば大量の情報が浮遊している。
知識を得たり調べるには不自由しない。
画像や動画は、好奇心を大いに満たしてくれる。
しかし、読書とは全くの別世界です。

沈潜(ちんせん)という言葉があります。物事に深く没頭するという意味です。
忙しい毎日、膨大な情報洪水に流されるのでなく「沈潜する」時間を持ってみる。
本を読んで著者と一対一で対話をする。あるいは自分と対話をする。
作品の本質に迫り、自分の深い部分や心の奥底に沈んで潜っていく感覚です。
海を潜る人の感覚に似ていると言います。
海面から3mも潜るともう外界の音は聞こえません。わずかな光が差し込み、かえって太陽の光の存在を大きく感じます。
沈黙の世界の中で、ゆったりと泳ぐ魚に出会ったりすると、思わず声を上げたくなるほど感激するそうです。
沈潜…その様な状況に身を置くと、今まで聞こえなかった声や、新たな発見に出会えるのです。

読書の醍醐味の一つに疑似体験があります。
村田諒太というボクサーをご存じかと思います。非常な読書家でもあります。
ロンドン五輪で金メダルを獲得、その後プロに転向しWBA世界ミドル級王者に輝きました。
日本人には不向きと言われる重量級での世界王者獲得は大いなる快挙でした。
彼は世界王者になれたのはこの本のお陰と一冊の本を挙げました。
タイトルは「夜と霧」。
著者は、第二次世界大戦中ドイツに住んでいた精神科医の「ヴィクトール・E・フランクル」です。
ユダヤ人として捕えられ、家族と共にアウシュビッツに送られたフランクル。
そこは、生死が重なる過酷な場所です。
衰弱して命を落とす者、発狂してしまう者、極限の状態が繰り広げられます。
ナチスの係官がユダヤ人の行列に向かって一人ひとりを指差します。
「お前は右、お前は左」片方はガス室行きで、片方はまだ働けそうな人間だと振り分ける。
係員の指先一つで自分の人生が決まる。そんな残酷な話が次々と出てきます。
全部実話であり、著者は家族の中で唯一生き残ります。
精神科医として、フランクルはその状況を克明に描きます。
人間の命とは?なぜ人間はこれほど残虐になれるのか?そんな極限の環境でも理性を保つ人とそうでない人の違いは?
極限状態の中で問いかけた著者の言葉は、もはや第一級の文学であり哲学書として高く評価されています。
このような極限状態を疑似体験した村田諒太選手は「どのような状況でも耐えられる強い自分になった」と語っています。
時にはSNSを絶ち、本に向き合う。
しかもそれは、良い本でなければ意味がない。
時代を超えて読み継がれている名作を手に、いざ沈潜の世界へ!


梅津寿光